料理の作り方よりストーリーを語る

”そういえば昔働いていたお店のシェフが面白い人でさあ・・・”

あなたは部下に、どれだけ自分の生きてきた道を語っていますか?

VIP扱いを嫌うシェフ

私が日本帰国直前にフランスで働いたお店は、スイスの国境とのあいだ、レマン湖畔の小さな町の中にありました。家族経営のお店でとても繁盛していて、私が働いた夏は、ちょうどプロヴァンスのミシュランの星付きレストランの2番手だった人をシェフに迎えたばかり。

オーナー夫婦は料理のクオリティが上がったことがとても嬉しかったようで、よく知り合いを自分たちのレストランに招いていました。
そしてお決まりの台詞は”このテーブルはVIPだからよろしくね”。

シェフは普段めったに怒鳴ったりしない温厚な人でしたが、あるとても忙しい営業の最中に”次のメインディッシュが出るテーブルはVIPだから。”といつものようにオーナーに言われて
”VIPだからどうしろっていうんだ”
吐き捨てるようにキレたことがあります

営業が終わってから教えてくれたのですが、シェフが働いていたミシュランの星付きレストランでは、VIPという表記をキッチンに通す伝票に書くこともなければ、そのテーブルを料理人に伝えることもなかったそうです。
なぜならすべての顧客にベストのお料理を出す、それがプロフェッショナルの職人だから。サービスももちろんシェフを信頼しているので、VIPであろうと無かろうと、それをキッチンに伝える必要がない。

ミシュランの調査員は、フランスでは完全に覆面で、一人で来るのがカップルなのか、若い人か年配かまるで分かりません。だからこそ、どんな顧客もVIPのようにサービスする。ミシュランの星があるということは、そのレストランで働く職人がプロフェッショナルであることの証明でもあります。

常に高いクオリティの料理をすべての顧客に提供しているのに、わざわざ”VIPだからしっかりね”と言われることは、シェフにとっては侮辱にも思えたのかもしれません。

感情が動くストーリーは心に残る

今までに一緒に働いたシェフや先輩を思い出すとき、正直誰に何の作り方を教わったかはあまり覚えていません。
でも不思議と、彼らが語ってくれた若いころの話や、料理への思い、その人たちの”職人としての在り方”を形作るような物語は、ずっと覚えています。

覚えているどころか、彼らが大切にしていたこと、例えば”すべての顧客はVIPである”という考え方が、私の職人としての在り方をつくってもいる。

私が部下の育成に苦戦していたときは、いつも”お菓子の作り方”だけを伝えていました。牛乳を沸かして、少しずつボールの卵黄に注いで、そしたら鍋に戻して、ツヤが出るまで炊く。細かい状態はともかくとして、簡単な作り方を伝えるだけなら今はLINEでも済んでしまう。当時は後輩とちゃんとコミュニケーションをとってなかったなあと思うし、部下にとって仕事は、感情のこもらない作業になっていました。

人材育成が楽しくなり始めてからは、できるだけそのお菓子や生地に紐づく自分のストーリーを語るようにしました。”最初のお店のクレム・パティシエールは20分以上炊き上げないといけなかったんだけど、毎日3時間睡眠だったから朝眠すぎてさ。どうにか睡眠時間を増やしたいと思って、目をつむって炊けないか何回か試したことがあるんだけど、ムラができて無理だったんよね~(笑)”とか(ちなみに実話)。

メソッド(やり方)よりも、あなただけのストーリーを語ろう

感動した話でも、笑える話でも、あなたの心が動いた話なら何でもいいと思います。感情が動く話は、相手の心をも動かす力がある。話している側にはその意図がなくても、相手は自分に置き換えて、色んなことを感じたり気づいたりする。

”どうしたらダマのないクレム・パティシエールが炊けるか”を急に話し出すよりも、それにまつわる自分だけのストーリーを相手に伝える。シェフが大切にしていることが、そのストーリーの中に見えると、部下はどうしたら自分もそれを大切にできるだろうか、と考え始めます。

あなただけのストーリーを語ることは部下にとって、料理の作り方以上に価値のあることかもしれません。
職人として生きていく上で大切なことを学べるのはきっと、あなたのやり方ではなく、あなたの在り方です。