【9/28(土)】Re:Book~ひとつの物語から始まる対話の空間~「9月:前例(Pattern)」

優しい嘘 ~The Waltz of Words ~

インド、エジプトと並んで「世界三大ウザイ国」と称されるモロッコ。

そんな情報を微塵も知らないまま最初に訪れた街マラケシュで、わたしはその洗礼を受けることになった。

モロッコの商魂たくましい商人たちは、いたって普通に「嘘をつく」。スークと呼ばれる市場にはそもそも値札が無く、地元の人向けの金額の数倍を要求されるのは当たり前。

「この街の特産で他の街には無い」と聞いたラクダの置物は、その後モロッコのどの街でも見かけたし、「絶対に洗っても色落ちしないクオリティ」と聞いた青いストールは、帰国後に洗たく桶の水を真っ青に染めた。

真実では無かったと気づく度に、「うーそーつーきいいいい!!!!」と心の中で地団駄を踏むのだが、どうも嘘をつかれることに慣れていないためか、すぐに忘れて同じような目にあう。

モロッコの人達はなんだかんだで人懐っこいひとも多いので、ついつい「このおじさんは大丈夫かも」なんて淡い期待を抱いてしまうのだ。

そんな私の気性を見抜かれているのか、とにかくやんわり断っても断っても商人は交渉を止めてくれない。「ここには私が欲しいものは無い」と言えば「何が欲しいんだ?知り合いの店から持ってきてあげる」と言われ、「お腹は空いていない」と言えば「ドリンクやデザートがあるから」と強引に連れて行かれそうになる。

わたしは人とのコミュニケーションは本来好きなのだけれど、一人の時間もとっても大切にしている。

なので、あまり距離を詰めてこられると毛を逆立てる野良猫のように、自分の警戒モードが上がっていくのが分かる。モロッコは今まで旅した中で初めて、「この国は無理かもしれない…」と感じた場所だった。

そんな話を旅の途中の宿のスタッフにしていたら、「商人たちとの会話は、ダンスをするようにやるのがコツだよ。それを彼らも楽しんでいるんだから」と教えてもらった。

なるほど、ダンス。これまではあちらのペースで、ぶんぶん振り回されていたということか。なので体力も気力も使って、すっごく疲れてしまったのだ。相手と同じようなペースでダンスできれば、たぶんもう少しマシなのだろう。

2週間後。旅の最後に戻ってきたマラケシュで、わたしは彼らと同じように「嘘をつく」ことを試してみた。といっても、商人との交渉をスムーズに断るための、可愛い嘘である。

「今ご飯食べてきたところなの。また今度ね」
(本当はこれから食べに行くんだけど)

「明日もこの街にいるから、また来るね」
(街にいるのは本当だけど、たぶん来ない)

この後に「インシャアッラー(アラビア語で”神がそれを望むなら”)」という魔法の言葉をつければ、もう完璧である。商人たちは「きっとだよ」と言ってすんなり引き下がってくれる。

モロッコの人達には「嘘をつく」という感覚は、実は無いらしい。「家族を養うためにお金を稼ぎたい」「店の家賃をちゃんと払いたい」そういった自分の欲求に対して正直なだけで。

わたしの言葉もまた「交渉をできるだけスムーズに終わらせたい」という欲求によって出てきただけ。ひたすら無視することを推奨しているガイドブックもあるけれど、現地スタイルに倣うほうが好みだ。ダンスを断るよりも、目の前の相手とのダンスの術を知るほうが。

もちろん、日本ではとても使えない交渉術なんだけれど。

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