「My point of view」は、旅先で出会ったことや日々の生活で気づいたことなど、私の世界の捉え方をエッセイ調で綴ったシリーズです。
港町タンジェのカスバ(城塞)につながる道を歩いていると、「確かにこんな坂道を登ってきたら、ミントティーを飲みたくもなるよなあ」としみじみ思う。
私の大好きな小説「アルケミスト」の主人公サンチャゴは、夢で見た宝物を求めてスペインからモロッコに渡り、サハラ砂漠を目指す。ところがタンジェの市場で全財産をスリに奪われ、心が折れてしまう。
国に帰る資金を貯めるために、銀細工のアクセサリー屋でミントティ―を売るのだけど、そのお店があるのがこの坂道の上。絵に描いたような急な傾斜の道なので、途中で休憩している人もよく見かける。道の両側に植えられたオレンジの木が、日陰をつくってくれるのがせめてもの救い。
坂を登りきって、アラビアンナイトの世界をそのまま形にしたようなカスバの門をくぐったら、ふと漂う潮の香りで海が近いのだと気づく。
少し坂を下った先のもう一つの門の先に見えるのは、地中海とタンジェの港。青と白のコントラストは、モロッコというよりスペインのアンダルシアを連想させる。
近くにいたモロッコ人のお兄さんが「あれがタリファ(スペイン)だよ」と向こう岸を指して教えてくれた。本当に目と鼻の先。フェリーで1時間の距離らしい。どおりで、フランス語よりスペイン語が得意な人が多いわけだ。
アルケミストには「人は、自分の夢見ていることをいつでも実行できることに、気が付いていないのだ」というくだりがある。わたし達はすぐそこに新しい世界が見えていたとしても、「いつか行きたい」と思い描くだけで、行動には移さないことが少なくない。
タンジェとタリファの間にある海を眺めていると、本当に難しいのは「海を渡る」ことではなくて、「海を渡ると”決める”こと」なのだなと思う。船に乗ってしまえば、あとは前に進むだけなのだから。
「未知のもの」への恐さが、人を今いる場所に引き留めてしまうのかもしれない。
もちろん今いる場所と行きたい場所の境界線を越えた先に待っているのは、幸せや喜びばかりではなくて。タンジェのスーク(市場)で怪しい人に絡まれたり、タクシーでボッタくりにあったりもしたけれど。
迷路のような旧市街で迷子になったわたしを、何人もの人が助けてくれたし、人懐こい猫たちがお散歩についてきてくれたり。とても心地の良いサービスをしてくれるカフェにも出会ったし、地元の人と同じように温かく迎えてくれる商店の人もいた。
境界線を越えたら、間違いなく「今まで見たことの無い景色」がそこにあって。自分が知らなかった世界を知ることができる。
今いる場所に留まることが、悪いわけじゃない。向こう側へ渡れることが、良いことなわけでもない。
それでも。
この海を渡れる人でいたいなと思う。
それが自分にとって、「生きる」ということだから。