「My point of view」は、旅先で出会ったことや日々の生活で気づいたことなど、私の世界の捉え方をエッセイ調で綴ったシリーズです。
「今まで行った中で一番印象にのこったレストランは?」
と聞かれたら、私は間違いなく
「ミッシェル・ブラス(Michel Bras)」
答える。
三ツ星は「わざわざ行く価値のあるレストラン」という形容をされるけれど、その言葉にふさわしく非常にアクセスが困難。私はフランス留学時代、リヨンにあった学校から往復10時間以上かけて、フランスの南西部にある本店へとランチを食べに行った。
近くの村ラギヨール(Laguiole)はソムリエナイフで有名な場所だけど、それ以外は本当に山、山、山。あと牛。名物のチーズLaguioleがあって、それとジャガイモを合わせた郷土料理アリゴがミッシェル・ブラスでも味わえる。
ミッシェル・ブラスという人は、当時の私にとって非常に不思議な存在だった。
色彩の感覚や盛り付けの感性がとても好きで、彼の本を何冊かもっているのだけど、作り方があまり載っていないものが多い。「ラギヨールの山に生えるハーブはこの季節こんな香りがして、それを慈しむかのように~」みたいな、やや哲学的な文章が並んでいて、「で、結局どうやって作るんだろ?」と同級生とよく話したものだ。
レストランでのランチの前にキッチンを見せてもらったとき、窓から光の差し込むとても気持ちのいい空間で驚いた。ミッシェル・ブラスのレストランの客席は壁一面が窓で、そこから素晴らしい景色が見えるのだけど、全く同じ風景が職人たちの働く場所にもあったから。
「日本ではキッチンは地下にあったりすることが多いけれど、なぜここはこんなにも良い場所にあるの?」と尋ねたら、少し戸惑った表情で、「料理人が幸せでなければ、誰かを幸せにする料理はつくれないよ」と返ってきた。ああ、これがこのシェフにとっての哲学なのだ、とすごく感動したのを覚えている。
一面ガラス張りのダイニングで、窓の向こうにはミッシェル・ブラスが愛してやまないAubracの美しい丘が広がっている。そしてお皿の上には、毎朝シェフ自ら山に入って採った野草や花、自家農園で作っている野菜たちが。
料理はもちろん素晴らしいけれど、サービスも負けていない。よくトレーニングされた何人ものスタッフが大きなお盆に料理を乗せ、ゲストよりも高い位置にかかげて現れる。テーブルにつくと、皆が視線で合図をして一斉におろす。まるで一皿一皿がサプライズ。ちょっとしたパフォーマンスを見ているかのよう。
本当に細やかなところまで神経が行き届いたサービス。かといって終始真面目かというとユーモアたっぷりで、郷土料理のアリゴを皆が写真に収めようとすると、チーズが一番伸びたところで動きをとめて微笑むことも忘れない。
料理・サービス・空間が一体となった時間。まさに至福の時。
こういうレストランに行くと、五感が満たされる。味覚はもちろん、普段とは違う香りや、見た目の華やかさで嗅覚や視覚が。本当に良いレストランは「お値段=料理」ではなく「お値段=そのレストランで過ごす優雅な時間」になることが多い。「お腹いっぱい」ではなく「心がいっぱい」で食事を終えて、とても満たされた気持ちでお店を出ることになる。
「モノ」にお金を使うのか、「体験」にお金を使うのかだったら、私は俄然後者だ。体験はどれだけ時間が経っても、古くなることなく鮮やかに蘇るから。
たまには出かけてみよう。五感を満たす時間を求めて。