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コーチングと禅のあいだ |vol.3「慈悲」ー”役に立ちたい”を手放す

コーチングと禅のあいだ」は、海外生活の経験から日本文化にいっそう興味を持つようになった私が、コーチングの実践と禅の思想を重ね合わせながら探求するシリーズです。

毎回、禅にまつわるキーワードをもとに、コーチの在り方を考えていきます。

今回のテーマは「慈悲(じひ)」です。

MEMO

禅や仏教には多様な解釈があります。この記事では、京都花園大学の講義「禅とこころ」で紹介された表現を中心に、私自身の視点も交えてまとめています。禅の研究者としてではなく、コーチングの学びの一端として書いていますので、そんな視点もあるんだなと、受け取ってもらえたら嬉しいです。

3段階の慈悲――縁を超えていく

「慈悲」は、「慈(じ)=他者に幸福を与えたいという思い」と「非(ひ)=他者の苦しみを取り除きたいという思い」の二つで構成されています。英語ではcompassionと訳されることが多いようですが、ただ共感するだけではなく、そこに「行動を伴う」ことが特徴かなと思います。

グローバルに禅を広めた鈴木大拙さんは、「慈悲は、行動の原理である」という言葉を残されています。私は慈悲と聞くと、ガンジーやマザー・テレサのような人達が頭に浮かぶのですが、「世界に貢献している」活動以上に、最も大切なのはその根幹となるマインドであるようにも思うのです。

仏教では慈悲には3つの種類があると言われています:

衆生縁(しゅじょうえん)の慈悲

目の前に困っている人がいた時、自然と助けようと動くこと。

法縁(ほうえん)の慈悲

苦しみの元となる原因やそれを断つ真理(法)を理解し、その理解を元に苦しみを減らそうと動くこと。

無縁(むえん)の慈悲

「役に立ちたい」と思うこともなく、存在そのものが役に立っている状態

道で困っている旅行客に、思わず手を差し伸べる。電車で立っている年配の方に、席を譲る。私たちだれにでも、こういったことはありますよね。これは「衆生縁の慈悲」です。貢献そのものは素晴らしいものの、「誰かの役に立つ”自分”」という意識があったり、目の前に人がいて初めて起こるため、「範囲が限られた慈悲」という解釈もあるようです。

物事の根本原因となる要素とその解消法について理解し、その理解から苦しみを減らすように動く「法縁の慈悲」。お坊さんの説法は正にこれにあたりますし、地域のごみ拾いや環境のための活動なども、自分と相手という枠組みを超えて地域や世界を見て動く、という点で法縁の慈悲にあたります。

最後の「無縁の慈悲」は、太陽や水のイメージが近いかもしれません。太陽は「植物を育ててあげよう」と思って輝いているわけではなく、元々燃えているもの。水もまた「喉をうるおしてあげよう」なんて思っていなくて、ただそういう存在です。けれども両方とも、生きとし生けるものの役に立っていますよね。

仏教では、三種の慈悲すべてが大切としながらも、究極系は「無縁の慈悲」であるようです。

「役に立ちたい」は、コーチングを邪魔する?

コーチになろうとする人々の動機は様々だと思いますが、色んなコーチの方をみていると、やはり「誰かの役に立ちたい」という思いを強く持っている方が多いような気がします。もちろん、他者貢献自体は決して悪いことではありません。

ただ、「クライアントの役に立ちたい」とか「役に立たなければ」という思いが強くなりすぎると、無意識のうちに焦点がクライアントからコーチである自分自身に移ってしまいます。上記でいう「衆生縁の慈悲」=「役に立つ”自分”でいたい」という状態です。その結果、クライアントよりもコーチのほうが、セッションで頑張ってしまったりするのですね。

良い質問やコメントをしたいと思うあまり、クライアントの話を完全には聴けていなかったり、相手に舵をとってもらうのではなく無意識にリードしていたり。よかれと思ってやっていることが、かえってクライアントの主体性を阻害する要因になってしまうのは、なんとも皮肉なパラドックスだなと感じます。

時には最も役立つのは、「何もしない」ことの時もある

こういった状態に陥ることは、どんな熟練のコーチにでもあり得るだろうと思います。もちろん私にもあります。ついつい、「やりすぎてしまう」ことが。

そんなときいつも思い出すようにしているのは、「あなたがひとつ多くのことをする度に、相手が出来るはずだったことをひとつ奪っている」という言葉です。クライアントは自ら考え、発見し、前に進める存在。時にはただ沈黙すること、「ここからどこへ向かいたいですか?」と方向性を委ねることが、最も役立つこともあるのです。

「無縁の慈悲」のような、「存在そのものが、クライアントの役に立つ」状態に至るには、長い道のりが必要でしょう。けれどもいつかは、自然体でただそこに共にいることで、相手の成長に貢献できる自分になれたらなと思います。(←あれ?この願いそのものが、「衆生縁の慈悲」なのでは!?)

この記事を書いた人

大原亜希

ICF認定PCCコーチ

強みや価値観をヒントに、ビジネスパーソンやクリエイターの「自分らしく働く&生きる」をサポート。大人の自由研究のように、正解のない問いを一緒に探求する対話をしています。

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