コーチングスクールに入ると、まず最初に教わるコーチングの大原則:
「答えはクライアントの中にある」。
習った瞬間はなるほど、と思うものの、部下に対してコーチングを活用し始めたマネージャーやリーダーの中には、「相手の中に答えが無い場合はどうしたらいいんでしょうか?」なんて疑問が浮かぶ方もいるようです。
実は私も起業当初に同じような疑問を持ったことがありました。「クライアントの中に答えが無かったらどうしたらいいの?」と。
コーチングにおける「答えはクライアントの中にある」とは一体どういうことなのか、一緒に探求してみましょう。
コーチングにおける「答え」は、「正解」ではない
そもそも「答え」とは何でしょうか?
人生で「答え」という言葉を頻繁に聞くようになった場面と言うと、私は真っ先に学校が思い浮かびます。
「この問題の答え、分かるひとー?」
ここで先生が言わんとしている「答え」とは、もちろん「正解」であり「正しい答え」。
私たちは何年にも渡って「問題に正しく答える」というトレーニングをしてきていますから、「答え」といえば「正解」のようなものを思い浮かべることが多い気がします。組織であれば、それは問題に対する「解決策」や「正しいやり方」になるかもしれません。
ではコーチングという枠組みの中での、「答え」とは何なのかというと。私は「目の前の課題に対する、その人なりの向き合い方」だと捉えています。
例えば同じ「転職したい」をテーマに扱っていても、セッションの最後に辿りつく場所は:
・今の仕事はなんだかんだ好きだと気づいたので、上司との関係性を改善することを考えたい
・なにか新しい仕事をやってみたいが、それにはまず自己理解から始めねば
・転職についてあまりにも情報不足なので、まずは人に話を聞きにいく
・本当にやりたかったことを思い出したので、一歩目を踏み出したい
などなど、人の数だけ無数の「答え」があるのです。なんなら、「今は答えが自分でも分からない」という答えに辿りつくことだってあります。
「その人なりの」ということは、他の人からは違和感を感じるものかもしれません。けれども「本人の中から出てきた答えである」ということが、何よりも大切なんですね。人は他人に「こうしろ」と言われるよりも、自分自身で決めたことのほうが確実にコミットできるからです。
「答えはクライアントの中にある」の落とし穴
コーチングにおける「答え」の本来の意味を捉えないまま「答えはクライアントの中にある」という原則に従おうとすると、どうにかしてクライアントから解決策を引き出そうと、コーチが一生懸命になってしまうことがあります。
特に経験豊富な上司が部下に対してコーチングのアプローチを活用する場合や、コーチ自身の専門分野を扱う時、またはコンサルタント経験があるコーチの方はよく、あの手この手でなんとか「コーチが正しいと思う答え」に辿りつかせようと誘導尋問のようになっていることも……。
確かにそのやり方は自分にとっては上手くいったやり方かもしれないのですが、目の前のクライアントにとっても100%それが正しい道だと、どうして断言できるでしょう?
将棋の試合で勝つには、幾通りものやり方があります。大敗を喫した後に、大きく飛躍する棋士だっています。コーチとは違うやり方で、クライアントは上手くやれるのかもしれません。もしかすると思うようにやってみて失敗を経験することこそが、次のステージに上がるために一番大切なことなのかもしれません。
「答えはどこかにある」という視点
とはいえ、実際に目の前の課題を越えていきたくても、クライアントが持っている情報量が圧倒的に足りていないというケースはあります。コーチングスクールでは「コーチはアドバイスをしてはいけない」と繰り返し教わりますから、たとえコーチが何か有益な情報を持っていたとしても、「教えてはいけないのだ」と歯痒い思いをすることもあるかもしれません。
コーチングの父とも言われ、世界で最初のコーチングスクールCoach Uの創設者でもあるトマス・レナードは、「答え」に関してこんなことを言っています。
「答えはどこかにある(The answer is somewhere.)」
個人的にこの「答え」の捉え方、すごく好きなんですよね。どこか、ですよ(笑)。これってクライアントの中だけではなくて、外にも目を向けることに、視点を変えることに、繋がっていきそうな予感がするんです。
Coach Uでも「コーチはアドバイスはしない」と教わるのですが、同時に「クライアントにとって価値のある情報提供はする」とも教わります。コーチの持っている情報や経験は、クライアントのリソースのひとつ。前に進むために使えそうなら、出したらええやないの、という考え方。
もちろんあくまでも「インスピレーション」としての情報提供ですから、どの程度出すのかとか、どのように出すのかとか、クライアントが主体性を保ったまま思考のプロセスを進められるような工夫は必要です。
英語ではよく「Go down the rabbit hole(ウサギの穴に落ちる=”中々抜け出せない状況に陥る”の意)」という表現が使われます。クライアントの思考が固まって中々そこから抜け出せない時、コーチの役割は少なくとも同じ穴の中にハマることではなく、思考のプロセスが前に進むための「触媒(Catalyst)」であり続けることです。
「誰に協力を依頼できるのか?」とか、「過去に似たような課題を越えた時はどうしたのか?」とか、クライアントが今見ていない場所に光を当てて、穴の外を一緒に探求できるよう誘うこと。その招待状の中には時折、自身の経験談が含まれることもあるでしょう。
そうやって思考を拡げた上で、最終的にクライアント自身が自分なりの答えを出す。それが「答えはクライアントの中にある」の意味することなのではないかと。
本当に重要なのは「答え」よりも「問い」
かの有名なアインシュタインは「答えを出すために1時間あるなら、55分を適切な問いを探すことに費やす」と言ったそうです。
ChatGPTをはじめとするAIが正解を出す能力を上げ続けている今、私たち人間に求められることは、それこそ「問う力」そのものなのではないでしょうか?
コーチングの本当の価値は「答えを出す」ことではなく、「答えを見つけようとする」そのプロセスの中にあるのかもしれません。セッションの中だけでは答えが見つからないような問いについて考える時、そこには新たな問いがいくつも生まれます。それらの問いは、新たな学びや気づきを生み出し、自分自身を発見したり成長させることへと繋がっていきます。
私はよくセッションの中で、クライアントと一緒に「問い」を考えることがあります。自分の中にある答えに近づくための「適切な問い」が何なのか、それを一番よく知っているのはコーチではなくクライアント自身だからです。
コーチングを通して、人生をより良く生きるための「問いの引き出し」が増えるといいな、そんな風にも思ったりします。問いが変われば思考が変わり、思考が変われば行動が変わる。それはやがて、自分の人生や目の前の世界を変えることにも、繋がっていくはずだから。