>>>【オンライン 9/27(日)】わたしのIKIGAI(生き甲斐)「世界が求めていること」

子供の頃の夢を叶えて16年パティシエをした私が考える「好きなことで生きていく」とは?

世界が一時停止した2020年前半、「わたしが本当にやりたいことは何か?」という問いを持った人が、たくさんいたのかなと感じています。

同時に「好きなことが見つからない」「やりたいことが分からない」という相談もよくいただくようになりました。子供の頃好きだった「お菓子作り」をそのまま仕事にした、わたし自身の経験から、いくつか感じることを書いてみます。

「好きなこと」=腐れ縁の彼氏

「好きなことで生きていく」というとき、たまらなく好きでお金になって上手くいくこと=つまり、非の打ち所の無いパーフェクトな王子様、のようなものを思い浮かべる人がけっこういるのかなと思ってるんですけど、わたしの中で「好きなこと」って腐れ縁の彼氏なんです。

どういうことかというと、嫌なところもあるし、ケンカもするし、なんだかんだある。けど、結局最後は戻っちゃうというか、そうはいっても好きというか、そんなイメージです。

16年の間、一度もパティシエという仕事を嫌いになったことがないかというと、そんなことは全然なくて。早起きがホント苦手なので、朝5時半に起きるたびに「パティシエやめようかな……」って毎日思ってたし、職人の世界って理不尽なこと多いので、何度も転職考えましたしね。

で、時々パティシエの世界から離れてみるんだけど、1週間も経つとまた作りたくなる。やっぱり好きなんだなあ、と。

本当に「この仕事をやってて良かった」って思い始めたのは、8年ぐらい経ってからです。レストランで働くようになって、お客様の近くで、自分の表現したいデザートを創れるようになった頃。早起きも必要なくなりましたし(笑)

「好きなこと」をやりたい、ただそれだけだった

私の中では、好きなことを見つけた、というよりは、好きなことに出会った、という感覚が近いんですよね。

最初に「好きなこと」=お菓子作りに出会ったのは小学校3年生の頃。本が大好きな子供だったんですけど、中でも料理の本に興味がありました。小学校の図書館とか、市立図書館で、いつも子供用の料理本を借りては読んでいたんです。物語の中に料理が出てくる「赤毛のアン」とか、「かぎばあさん」のシリーズもすごく好きで。

で、その物語の世界に憧れて、自分でも作ってみたくなった。
最初に作ったのは型抜きクッキーで、子供用の本に細かい作り方なんて書いてないから、それはもうヒドイ出来でした。バターの塊や、砂糖の塊がゴロゴロしてるような(笑)
そこから、本の中の写真に乗ってるようなクッキーを作りたくて、色々試行錯誤して。だんだんコツが分かってきて上手に作れるようになったんですけど、食べることにはあまり興味が無くて、全部友人とか、家族とかに食べてもらってたんですよね。

そうすると皆が「スゴクおいしい!!」「プロみたい!」と褒めてくれるわけです。自分が作ったもので誰かを喜ばせる体験、これが原点だったように思います。

その後、TVチャンピオンの「洋菓子職人選手権」に影響を受けて、「将来はパティシエになる」と決めたのが中学校3年生のとき。子供ってある意味怖ろしいなあと思うのですが、「稼げるかどうか」とか「成功するかどうか」なんて、頭の中に無いわけです。就職してから「うそ、給料こんなに安いの!?」と驚きましたけど(笑)

当時は「好きなことをやりたい」。ただそれだけだったんです無心でそれを追いかけた感じ。今思い返してみると、本当に「たまたま好きなことに出会った」という感覚が強くて。探していて見つかった、のではない。

頭の中で「好きなこと」は見つからない

子供だったし、純粋だったのもあると思いますが、そもそも「一生この仕事をやっていく」と決めて、始めていないんですよね。ひとまず付き合ってみた、というか。ずっと一緒にいたいかどうかって、付き合ってみないと分からないじゃないですか。

頭の中で「好きなこと」を見つけようとするのって、写真とか条件だけで理想のパートナー見つけようとするのと同じぐらい無理があって。

結果として16年続いた、という感覚が近いです。それなりにパティシエで稼げるようになったのは実力がついてからなので、数年経ってからですし、感性を評価されるようになったのも、他人のレシピじゃなくて自分自身のレシピで勝負できるようになってから。下積み時代はけっこう長くて、尊敬できる先輩がいたり、人との出会いには恵まれたので、なんとか続けられた感じです。

「好きなことで生きていく」って、わたしの中では目的ではなくて、あくまでも結果なのです。

わたしが今やっているコーチというお仕事も、それで生計が立っている人は全体の2%だと言われています。で、パティシエも実は似たようなもので、専門学校時代のクラスメイトも、1年も経たないうちにほとんど離脱しちゃってるんですね。「好きなこと」をやっているはずなのに、です。

じゃあ、そのたった数%に入れる人と、そうじゃない人って、何が違うと思いますか?才能がある人が生き残れる?それとも、誰よりも努力をした人?

新卒の職人たちを育てていて感じたのは、「好き」の度合いが違うということ。ちょっとぐらい嫌なことがあっても、この仕事を続けたいという「好き」があるのか。それとも、そこですぐに諦めてしまうのか。続くかどうかは、その子が元々もっている能力とはあまり関係がないんです。
現に今スターシェフと呼ばれる人達でも、駆け出しの修行時代は落ちこぼれだったという人が少なくありません。わたし自身、専門学校~修行2年目あたりは、本当に出来ない子でしたし。

根性論の話ではなくて、色んな努力を努力と思わないぐらいの「好き」が、そこにあるかどうか。たとえお金にならなくても、その仕事をやっていきたいか、なんですよね。生きていくために仕事終わってから夜中にバーミヤンで生活費稼いででも、パティシエをやりたかったわけです、わたし。

「好きなこと」を知るには、触れ続ける

で、こういうお話しをすると、「そんなに好きなことをどうやって見つけたらいいんですか?」と質問されたりします。
ひとつ確かなことは、少なくともわたしにとってお菓子作りは、一目惚れではなかったということです。出会った瞬間に雷に打たれたみたいに「わたしはこれで生きていく!!!」と思ったわけではなく、一緒にいるうちに少しずつ好きになっていった、そんなイメージなんです。

だから「本当に好きなこと」を知りたかったら、稼げるかどうかとか、成功するかどうか、を脇において、まずは目の前の「ちょっと好きなこと」に触れ続ける必要があると思っています。

ザイオンス効果(単純接触効果)ってありますよね。いつも会っていると、その人に好意を持つという。あれって「好きなこと」にも当てはまるような気がしていて、ずーっと触っているうちに、好きが増していくことってあると思うんですよね。
例えると、子供の頃クラスに「ちょっといいな」と思う子がいて、気になっていつも見てたら好きになってた、みたいな。好きっていう気持ちって、そんな「ちょっと気になる」から始まったりするものなのかなと。

「好きなこと」を手放すことを怖れない

パティシエになるのは確かに子供の頃の夢だったんですけど、幼稚園の頃の夢はスチュワーデスだったし、小学校の頃の夢はピアノの先生でした。しかも両方、本気でなりたいと思ってました。

スチュワーデスの夢が叶わなかったのは、小学校低学年のとき人より三半規管が繊細で、乗り物酔いがヒドイことが判明したから。飛行機の中で人にサービスしてる場合じゃないなと(笑)。
ピアノの先生も夢見てましたが、わたし絶対音感が無かったんですよね。教わっていた先生に「亜希ちゃんは大人の耳をしてる(暗に相対音感ですね、の意味)」と言われて、その道は諦めました。

わたしの道を阻むものが無かったのが、たまたまパティシエだったんです。

で、16年パティシエをやっていたけれど、その途中も何度かこの業界から離れています。北海道や長野でリゾートバイトしてみたり。色々他の仕事に浮気した時期もありました。

でもちょっと距離を置いて、外側から眺めてみると、やっぱりパティシエの世界が好きなんだと気づく。離れるとその良さに気づく感じ。

これしかない!って思えるような好きなことを最初から見つけようとするんじゃなくて、「好きなこと」は気軽に手放して、旅したらいいと思ってます。本当に好きなことには、結局戻ってくることになるので。

「好きなことで生きていく」には二つの意味がある

「好きなことで生きていく」という言葉が、少し誤解を生みやすいのは、「生きていく」には二つの意味があるからだと思っています。一つ目は「自分を存在させる」ということ。それから二つ目は「生計を立てる」。

「好きなことで生きていく」について考えるとき、「生計を立てる」を先に軸にすると、ちょっとブレていく感じがある。なんていうか、そんなに好きじゃないけど、稼げるかもしれないことに流れちゃったり。

わたしは今第二の人生のキャリアとして「コーチ」という仕事をしてますが、起業してすぐに、大先輩のコーチが言ってくれた言葉がすごく印象に残っていて。
「生き残るのは、やめなかった人。だからバイトしてでも何でも、続けるといいよ」って。経験は全部リソースになるから、上手くいかなかったストーリーも全部、将来使えるから、絶対に諦めないでって言ってくれたんですよね。

「好きなことで生きていく」ってきっと、目的にするもんじゃなくて、結果なんです。気づいたら、それで生きてた。そんな感じ。

もちろん色んなアプローチがあって、ここに書いたのはあくまでも、わたしの例です。雷に打たれたみたいに、一目惚れした何かで生きていってる人も、中にはいると思うんですよね。

それでも、子供の頃の無邪気な感覚は、絶対に大切だと思います。「それってお金になるの?」とか「それで上手くいくの?」とか、自分の中に湧いてくる大人の声は無視して、まずは触れてみること。「なんか面白そう!」とか、「やってみたい!」とか、そういう純粋な気持ちを追いかけてみる。

それって正に、好きなことで、自分を今ここに存在させること=「好きなことで生きていくなんじゃないかと。

「そんな無邪気な心は忘れてしまった」「どうも心がサビついている気がする」という方は、是非3か月プログラムへどうぞ。ワクワクする心は、ちゃんとあなたの中に眠っていますから。

自分を旅する3か月プログラム「わたしの物語」

誰もが、人生という冒険の主人公だ。
自分を旅する3か月プログラム「わたしの物語」で、自分だけのストーリーを紡ぐ。
詳しく見る