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「自分らしさ」とは何か

創作が迷走するとき

以前働いていたレストランで
「顧客に好まれるのはどんなデザートか?」
という話題になったことがありました。

「酸っぱすぎるものはちょっと」
という方もいるし、
「甘すぎるのはフレンチのあとにはねえ」
というかたもいる。

お客様の意見を全部取り入れて、そういう「難」をすべて無くしていったら、とてもありふれた無難なデザートが出来あがった。私が創作で迷走していた時代。

当時一緒に働いていた尊敬するサービスマンから
「(このデザートはあなた)らしくないね」
と言われたのを、強烈に覚えています。

でも「私らしさってなんだろう?」って模索しているうちに、ふと気づいたのです。プロとして「美味しい」は大前提。私にとってゲストからの一番の褒め言葉は
「本当は苦手な食材だけど、このデザートは美味しかった」
「初めて味わう香りだけど、こんなに合うんだと思った」
という言葉で。

「世界が広がる場」を提供すること。それが、私らしさを創っているのだと。

他者の評価を気にすると「自分らしさ」は消える

長年創作に携わっていたからこそ、確信を持って言えることがあります。それは「他者の期待や評価が自分の判断の主軸になると、自分らしさはどんどん失われていく」ということです。

自分という存在を「星のカタチ」に例えるなら、尖った部分をどんどん削って丸くなった状態。なるほど人とぶつかることは無くなるかもしれませんが、同時に本来の魅力までも失われてしまうのではないでしょうか。

仕事というのは大抵その先に人がいますから、「相手の笑顔がやりがいになる」ことそのものは決して悪いことではありません。サービス業の世界は特に、そういう傾向を持った人は多いでしょう。

ただ「相手の笑顔」はあくまでも行動の「結果」であって「目的」ではない、と私は考えています。創作の世界で言うなら、自分が信じるもの、大切にしているものを表現したその先に、笑顔があるのだと思うのです。

相手が喜ぶこと、つまりは相手の評価を目的にすると、自分の人生は相手に左右され続けることになります。「2:6:2の法則」を考えるなら、世界中の人から好かれること自体が難しいわけですから、どんなに自分が頑張ってもネガティブな評価をもらうこともあるわけです。もしそのたびに一喜一憂しているのだとしたら、その時あなたは誰の人生を生きているのでしょうか?

「自分らしさ」を磨き続ける

周りの評価を気にしすぎず、自分が表現したいことをやっていると、次第に「それが好きだ」という人が周りに集まってきます。自分がただ「自分らしくある」こと、それを磨き続けることで、星の輝きが増して誰かを惹きつけるのだと思うのです。

「磨く」という言葉について考えるとき、私の頭の中にはいつも「包丁を磨ぐ」イメージが浮かびます。磨ぐとは、包丁についた余分なものを排除して、本来の切れ味を取り戻す作業。つまり「自分らしさを磨く」とは、何かを足すというよりは自分らしくないものを取り除いていく、そんなプロセスなのかもしれません。

もちろん他者の意見を取り入れる素直さは大切ですが、「異なる視点を受け入れるオープンさを持っていること」と、「自分を持たないこと」は、似て非なるものです。「わたしはこう思う」「わたしはこれが好き」を持ちながら、より自分の世界観が磨かれるようなものを、取捨選択していく。

「どう料理するかは、わたしが決める」
という言葉がとても好きです。しなやかさと、ブレない軸と、両方を持ち合わせた自分でいたいですね。

感性を磨くことは、自分らしさに繋がる 自己基盤と3つのメタファー(比喩)